INTERVIEW

より安全で精密な
心臓手術と次世代医師の
育成を両立
副院長・心臓血管外科主任部長
低侵襲心臓手術センター長
中村 喜次

01 国内最速でダビンチ5を導入

千葉西総合病院では、国内最速で最新型の手術支援ロボット「ダビンチ5」を導入しました。その背景には、心臓外科をはじめとする手術件数の増加があります。当院は特に心臓領域に力を入れており、ロボット手術の件数も全国でも有数の規模に達しています。心臓外科だけでなく、消化器外科や泌尿器科、産婦人科など他の診療科においてもロボット手術は年々増えており、すでに従来の手術を凌ぐほど標準化が進んでいます。そのため、従来機2台だけでは対応が難しくなり、3台目として「ダビンチ5」を導入することになりました。

02 「触覚フィードバック」によって安全性が向上

新しく導入された「ダビンチ5」には、従来の機種にはなかった「触覚(力覚)フィードバック」の機能が加わりました。実際に触っている感触が伝わるわけではありませんが、器具にテンションがかかったときに手元の操作レバーに抵抗が返ってくる仕組みになっています。これにより、組織にどの程度の力が加わっているかをより正確に把握でき、繊細な操作を行う際の安全性向上につながります。

私自身は7月の導入前からメーカーのトレーニング施設で実際に機器を見たり、藤田医科大学でのカダバートレーニング(ご遺体を使った実習)に参加したりして、準備を進めてきました。こうした事前の訓練を通じて新しい技術の感覚をつかみ、臨床で安全に活かせるよう取り組んできました。

03 カナダ留学でロボット心臓手術に出会う

ロボット手術を新たに始める医師には、決まった研修ルートがあります。最初は手術台側で器具の交換などを担当し、一定の経験を積むと執刀医(コンソールサージャン)としてロボットを操作するステップへと進んでいきます。私の場合は海外留学先のカナダでロボット心臓手術に出会い、その後帰国してMICS(小切開心臓手術)を経験しながら、2018年の当院導入に合わせてロボット手術を始めました。

当初は冠動脈バイパス手術での活用をイメージしていましたが、日本ではまだ弁膜症手術が主な適応となっています。ただし、「ダビンチ5」では冠動脈を安定させる装置(スタビライザー)が復活する予定で、これが実現すれば冠動脈バイパス手術への適応拡大が現実味を帯びてきます。現在、心房中隔欠損の閉鎖手術や心臓腫瘍の切除も保険収載に向けて申請中であり、将来的にはさらに多くの患者さんにロボット心臓手術を提供できるようになるでしょう。

04 アーム改良により、視野外でのリスクも軽減

今回導入された「ダビンチ5」では、これまで弱点とされてきた視野外でのリスクについても改良が加えられています。完全になくなるわけではありませんが、アームの取り回しがよりスムーズになり、安全性の面でも一歩前進しました。こうした小さな進化の積み重ねが、より安心できる手術につながっていきます。

さらに徳洲会グループでは、国内だけでなく海外の医療機関とも連携を進めています。インドネシアの国立循環器病センターにもロボット手術支援システムを導入する計画が進んでおり、現地への技術指導にも携わる予定です。人口が多く、心臓弁膜症などの患者数も非常に多い国で、ロボット手術が大きく発展する可能性があります。こうした国際的な取り組みも、徳洲会ならではのスケールメリットの一つです。

05 外科医育成と患者さんへの高水準医療を同時に実現

「ダビンチ5」の大きな特徴のひとつが、ダブルコンソール機能です。二つの操作席を備えることで、指導医と若手医師が同じ症例をリアルタイムで共有しながら技術を学ぶことができます。これまで「師匠から弟子へ」と限られた場面でしか継承されなかった技術を、遠隔地ともつなげて指導できる可能性が広がり、将来的には離島やへき地の病院でも専門医の指導を受けられる時代が来るかもしれません。

従来機では指導医が助手席のような立場で教える必要があり、清潔操作や立ち位置の制約がありました。しかし「ダビンチ」ではボタンひとつで操作権を切り替えられ、同じ鉗子を使って指導を受けられるため、若手医師にとって実践的に学べる環境が整っています。さらに最新機では、鉗子の動きを記録して操作の無駄を振り返る機能や、触覚フィードバックを備えた鉗子も導入され、教育面での進化が一層進んでいます。

今回「ダビンチ5」を導入した理由は、単なる最新機種への更新ではありません。これから10年先を見据え、教育と医療の発展性を考慮した投資です。心臓外科における適応は弁膜症手術が中心ですが、若手医師にとっては触覚や操作支援機能が大きな助けとなり、安全かつ効率的に技術を身につけることができます。

心臓手術は患者さん一人ひとりに合わせた「テーラーメイド医療」が求められる分野です。その中でロボット手術と遠隔教育の仕組みは、次世代の外科医を育成し、より多くの患者さんに高水準の治療を届けるための大きな力になると考えています。

06 より安全で精密な手術環境が整う

今回「ダビンチ5」が導入されたことで、まず大きな変化は手術の機会が広がることです。これまで曜日によってはロボット手術が行えない日もありましたが、今後は平日であればいつでも実施できる体制になりました。患者さんにとっては、希望する時期にロボット手術を受けられる可能性が高まり、待機時間の短縮にもつながります。

また、ダビンチ5は解像度の高い映像や操作性の向上など、外科医にとって使いやすい機能が備わっています。直接的に「術後がこう変わる」という目に見える効果ではありませんが、手術を行う医師がより精密に、快適に操作できることは、結果的に手術成績の向上や合併症リスクの低減につながります。たとえるなら、10年前の車から最新型の車に乗り換えたようなもの。熟練の運転手ならどちらでも安全に目的地へ到達できますが、新しい車には事故防止機能や快適装備が備わっており、乗客である患者さんにとって安心感が増す、そんなイメージです。

さらに、細かな部分では操作インターフェースの改良も進んでおり、医師が手を離さずに設定を変更できるなど、効率的に手術を進められるようになりました。こうした一つひとつの進化が、患者さんにとって「より安全で安定した手術」というメリットにつながっています。

07 心臓の奥深くでの繊細な操作を、正確に行える

私がロボット手術に強く惹かれる理由は、その「正確さ」にあります。従来の開胸手術でも行える場面であっても、ロボットを使えるのであれば積極的に導入したいと感じるほどです。特に心臓の奥深くで繊細な操作を必要とする場面では、ロボットの持つ高度な操作性――デクスタリティ(器用さ)が大きな力を発揮します。私自身、最も信頼できる点だと考えています。

さらに、ロボット手術は将来的に教育面でも大きな役割を果たすと確信しています。若い医師が経験を積む際に、ロボットの機能を活かすことで、従来よりも効率的かつ安全に技術を身につけることが可能になります。これは次世代の心臓外科医を育てるうえでも非常に重要なポイントです。

08 安全な治療と次世代医師の育成を両立させる、大きな一歩

今回の新しいシステム導入は、単なる機種更新にとどまらず、患者さんにより安全で質の高い治療を提供し続けるため、そして次世代の医師を育てるための大きな一歩です。これからも技術革新と教育の両面から心臓外科の未来を切り開き、より多くの患者さんに最適な医療を届けていきたいと考えています。

活気にあふれ、チーム全員が楽しく、真剣に取り組んでいます。
やる気と情熱を持った心臓外科医が集まる、エネルギッシュなチームです。

中村 喜次
副院長・心臓血管外科主任部長 低侵襲心臓手術センター長
経歴
  • 1996年4月 愛媛大学病院 第2外科 研修医
  • 1997年4月 愛媛県立中央病院 外科 研修医
  • 1998年4月 国立循環器病センター 心臓血管外科 レジデント
  • 2001年6月 愛媛大学病院 第2外科 医
  • 2003年4月 NTT東日本関東病院 心臓血管外科 スタッフ医師
  • 2010年4月 NTT東日本関東病院 心臓血管外科 医長
  • 2010年11月 ウェスタンオンタリオ大学病院 心臓外科 フェロー
  • 2012年12月 イムス葛飾ハートセンター 心臓血管外科 医長
  • 2013年12月 千葉西総合病院 心臓血管外科 部長
  • 2022年1月 東京女子医科大学 心臓血管外科 准教授(兼任)
  • 2022年4月 千葉西総合病院 副院長